お侍様 小劇場
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   “星祭りの前に” 〜寵猫抄より


たいそう整然と整えられた前庭が、
白木の格子戸越しに望めるそのお屋敷は、
周辺のどれよりも風格があって立派なのに。
元はいかにも武家屋敷という風情で、
瓦の乗った庇の下、分厚い門扉で締め切られていたという大門を、
そんな風に小粋に改造してあったりするせいか、
取っ付きにくいという印象は余りなく。
かつてはともかく、今現在は商いをなさっておいでだからか、
いやいや それだけじゃあなくのこと。
今お住まいのご主人の、
嫋やかな姿や、物腰柔らかな人性や品格、
そういったところからも伺えるせいかも知れぬ。
前庭の半ば辺りから、飛び石に導かれて辿り着く、
母屋とは別、蔵を改造したというシックな棟で、
小ぶりの呉服屋さんを営んでおいでで。
そちらへ商売替えをなさってからも結構な歳月が経っておいでか、
大っぴらな宣伝はしていないというに、
お馴染みさんをたんと抱えておいでだそうで。
日頃から混み合うような気配は一切見せぬ静かさだのに、
それでもあちこちの意外なところで、
こちらのご贔屓だというお人に逢っては驚かされてもおり。

 「先日も、
  こちらで訪問着を仕立てたんですよっていうお人が、
  知り合いにおりまして。」

初夏の陽気が目映く弾ける、
金絲の髪に 青玻璃の双眸と白い肌。
まさに白皙の美貌という日本人離れした風貌の七郎次が、
こちらさんという和装の店のご贔屓だということのほうが、
奇異に思われそうなことだろに。
そんな言いようをしてしまうのへ、

 「あらあら、それは奇遇でしたこと。」

こちらも目許をたわめ、
うふふと はんなり微笑う女将だったが。
口許へ寄せた白い手も、特に媚びるような所作ではない。
むしろ、お茶目だったり屈託がなかったり、
動作にしても、和装なのを大儀そうだと意識させない、
切れのいい冴えた立ち居をするお人なのに。
ふと、それらのどこかに品のいい甘やかさが潜んでいると判り。
それがゆかしくも馥郁と香るのへと気づいた人にだけ、
彼女自身の奥行きの深さをそのまま示して、
得も言われぬ魅力となっているのかも。

 「にゃうみゃvv」
 「あ、これ。いけないよ、久蔵。」

勘兵衛の浴衣を仕立ててもらおうと寄せてもらったものの、
中へと入らず店舗前へ出された床几に腰掛けていたのは、
散歩がてらのお出掛け、連れがあった七郎次だったからで。
これから軒先へでも吊るそうと思っていらしたか、
開け放たれた扉の陰、
そちらも丁寧に使い込まれた3本足の丸椅子の上、
南部鉄のだろう風鈴が置かれてあったのへ。
興味津々、小さな仔猫さんが伸び上がっては、
それだけ はみ出てぶら下がっていた、
箸のような1本へじゃれつこうとしていたのへ気がついて。
悪戯してはなりませんよと、
立ち上がっていったところ、

 「………。」
 「にあ?」

ちょっぴり薄暗い店内から、
その薄暗さ自体が凝縮して滲み出して来たかのように、
そりゃあ静かに進み出て来た存在があって。
おっ?と ついついお兄さんの足が止まる。
気配に聡くなけりゃあ気づけなかったろうほど、
落ち着き払っていた彼ではあったが、

 「にゃvv」

しきりと関心を惹かれていたはずな、
ゆらゆら揺れてた鉄箸からあっと言う間に気を逸らし、
島田さんチの小さなメインクーンが駆け寄ってった顔なじみ。
こちらのお家で飼われておいでの、
つややかな毛並みも麗しい、漆黒の大人猫さんで。
ちょっとした身動きに沿うて、
その輪郭が浮き出ての照り映えるほど短毛種ではないながら、
それでもその深みのある毛並みの色合いには、
手入れの良さ以上の存在感が察せられ。
風格さえある悠然とした歩みに、
ついつい“おおお”と七郎次が感服しておれば、

 「兵庫さん? お昼寝は済んだの?」

飼い主である雪乃からそそがれたのが、
いかにも幼子相手のような、甘い口調でのお声掛け。
その途端、

 「……………………………っ。」

 “あ…。”

気のせいじゃないなら、
今 一瞬むっとしたように見えなくもなかったようなと。
そんな空気というか気配を孕んだ彼だったの、
何故だか感じ取れた七郎次と違い、

 「みゃうにゃあ、みゃんvv」

お手玉が勝手にぴょこぴょこと弾んでいるよに見える、
そうまで小さなキャラメル色の毛玉。
真ん丸なお顔の真ん中、
ちょんと高さのあるお鼻へ、
滲み出しそうに瞳の大きめな目許や、
小さく可憐な兔唇(みつくち)のきゅうと集まった、
そりゃあ幼く愛らしいお顔をした仔猫さんはといや。
怖いものなぞあるものか、
それは嬉しそうに“あしょぼ・あしょぼvv”と飛びついてゆき、

 「あ、これ。」

島田家の庭先とは違い、ここはこちらの彼のテリトリー。
あちらでは何へか遠慮もあってのこと、
こういった傍若無人も我慢してくれているのかも知れず。
此処にいる時まで同じとは限らない…んじゃなかろうかと。
ちょっぴりヒヤッとした七郎次ではあったれど、

 「〜〜〜〜。」

心なしか少々“むむう”というお顔にはなったものの、
牙を剥くとか唸るとか、そういった威嚇の態度は一切出さず。
その代わりということか、
土間から框の上へひょいっと飛び乗ると、
大人が椅子の代わりに出来る高さのそこへ、
前足そろえてうずくまり、じっと動かなくなるところが、

 “うあ、躱し方も大人だよなぁ。”

七郎次には五歳児の男の子に見えている久蔵くんでも、
この高さは微妙に一人では上がれない様子であり。

 「みぃみゅあ、にい。」

框の縁へ手を掛けて、
ねえねえ遊ぼうようと細いお声を掛けている、
おねだりの様子の何とも可愛らしいのを、
無表情のままに見下ろす彼の、なんとも風格のあることよ。

 「あらまあ、お相手くらいしても構いませんでしょに。」

何本か広げた浴衣生地の反物、
くるくるくるっと慣れた手つきでお膝の上にて巻き直しつつ、
女将が窘めるようなお声を掛けたのは、

 “ずんと小さい子が苛められてるように見えるからなんだろな。”

七郎次からすれば、
さして高さには差のないまま、
お顔同士も間近に突き合わせているようにしか見えず、なのだが。
島田さんチの家人以外には、
途轍もない断崖絶壁、
見上げている仔猫にしか見えなかろう対比であり。
大人げないですよ、メッと、
叱る真似をなさる雪乃さんのお声へ、

 「まぁう。」

短く唸ると、だがだが、
ふるふるるっとお耳が揺れるほども首を振って、
そのまま目を閉じてしまったお兄さん猫で。

 「大人ですよね、兵庫くん。」
 「あらあら、そんなこともありませんのよ。」

今さっき選んだばかりな、
甕のぞきと呼ばれる浅い藍地に濃紺の柳葉柄の生地、
文机の上へと取りのけてから、

 「落ち着いて納まり返ってる風にも見えますが、
  アタシがつける首飾りが気に入らないと、
  どこかへ擦り付けて外して来ておいて、
  “落としました”なんて澄まし顔で戻って来たり。」

女将がちらと見やった先、
文机の陰に置かれた小箱には、
そうやって放置されていたものか、
友禅や鹿ノ子などの鮮やかな端切れで作ったらしき、
綿入りの紐が何本か。

 「綺麗なもんですねぇ。
  あ、これなんて短冊が刺繍してあるじゃないですか。」

 「それが一番最近のですわ。」

七夕が近いからって頑張ったのにね。
それでなくとも、黒猫さんだから赤が映えて綺麗なのに、
花柄や蝶々の柄だったりすると、
気がついた途端に外してしまうのよと。

 「そんな些細なことで男の子ぶってるなんて、
  子供よ子供。」

言いたい放題されてる黒猫のお兄様。
他にはバレなんだが 微妙に下唇が突き出ていたぞと、
お仲間の大妖狩さんから
不服顔だったこと指摘されてしまうのは、
夜も更けてからのこと。

 「にゃあぁん。」

遊んでよぉと甘えかかる仔猫さんなのへ、
しょうがないなぁと身を起こし、
そのまま、息が上がるほどの鬼ごっこに引っ張り込まれる身なことへ、
後悔しなきゃあいいのだけれど。
アジサイの大きな葉が、
古楓の下で茂みになって、ゆらゆら揺れてた午後でした。





   〜Fine〜  2011.07.02.


  *七夕も間近なやっとの七月ですね。
   つか、まだ七月でもなかったのに、
   今週はずっと、とんでもない暑さでしたものね。
   シチさんが誂えを頼んだ浴衣は七夕用ではないですが、
   夏というと涼みがてらのお出掛けも増えそうでvv
   男ぶりのいい勘兵衛様、
   蚊どころじゃあない、性分の悪い虫がつかないかと
   そっちを案じてしまう、女房殿かも知れずでしたが…。

   「では、出掛けるのは よしにしようか?」

   恋女房の濃色浴衣に見とれてのそれから、
   暑いからとちょっぴり抜いて着付けた襟足の白さ、
   よそのご婦人や男どもに見せてなるかと、
   いい勝負の心配を抱えておいでだった
   ご亭主様だったりして?(ひゅーひゅー♪)

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